明治政権は、異様なほどに前政権の施政を否定的に喧伝していた。
徳川政権のやっていたことはすべて前近代的で、封建的で、まったくダメなもので、それを明治政権がきちんと近代化した、という物語を広めていた。
昭和の後半になっても、みんなそれを信じていた。徳川時代もそんなに悪くなかったのではないか、と言われ出すのは、それこそ平成に入ってからである。
鎖国は、そういう明治政府による前政権の否定の一材料として、しきりに使われていた。
青少年健全育成に関して、いろいろ考えるための資料。2010.3.18
さて、東京都によれば、「文章による表現は受け手の能力を要するが、漫画やアニメは視覚的に年齢問わず、認識してしまう。小説に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」ということです。ここまで明白な言質が取れるのは2回目ですが、たいへん興味深いのは、この東京都の理屈がそっくりそのまま明治時代に存在したことです。
漢学者は、言文一致体の小説を、「若年者にも理解できてしまうから」という理由で敵視しました。「漢文による表現は受け手の能力を要するが、言文一致体は言語的に年齢問わず、認識してしまう。漢文に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」というわけですね。100年前の小説攻撃と、現代のマンガ・アニメ攻撃がまったく同じ理屈をとっているのは、非常に興味深いことです。