世界でコンピュータを造れるメーカーが存在する国はどこか。誰でも作れるPCを別にすれば、米国と日本しかない。欧州では絶滅したし、AV機器や自動車では血眼になる中国や韓国も、高性能の商用サーバーやストレージなどを製造する意思はほとんど無い。おそらく中国や韓国は、クラウドの時代だからハードウエアはPCサーバーなどのコモディティで十分と考えているのだろう。
ということで、米国を除けば日本のみにコンピュータメーカーが残された。よくもまあ狭い市場の中で、富士通、日立製作所、NECの3社もが残ったものだと思う。狭い市場ゆえ、製造業だけでは足らず、システム開発・運用というサービス業としての力も付けてきた。日本のユーザー企業が育んだ“レガシー資産”と言ってよい。しかもある意味、歴史の皮肉だが、IBMなど米国勢の影響力が圧倒的に強かったため、他の産業と異なりガラパゴス化しないで済んだ。
青少年健全育成に関して、いろいろ考えるための資料。2010.3.18
さて、東京都によれば、「文章による表現は受け手の能力を要するが、漫画やアニメは視覚的に年齢問わず、認識してしまう。小説に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」ということです。ここまで明白な言質が取れるのは2回目ですが、たいへん興味深いのは、この東京都の理屈がそっくりそのまま明治時代に存在したことです。
漢学者は、言文一致体の小説を、「若年者にも理解できてしまうから」という理由で敵視しました。「漢文による表現は受け手の能力を要するが、言文一致体は言語的に年齢問わず、認識してしまう。漢文に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」というわけですね。100年前の小説攻撃と、現代のマンガ・アニメ攻撃がまったく同じ理屈をとっているのは、非常に興味深いことです。