まとめると、現在の経済政策を巡っては右か左かという対立軸はほとんど意味が無く、本当の対立軸というのは成長という果実を求めて前進しようとする若い世代と、心地よい現状を維持したいという高齢者の間に存在するということです。後者の中には、一応は自分で保守だリベラルだと名乗っている人も多いですけど、そういうのは全部ひっくるめて「時計の針を進ませたくない人たち=シルバー主義」とでも思っておいてください。
これから先も何かことあるごとに、既存メディア上では右や左を代表する論者が議論を戦わせることでしょう。ただし、それらは両輪併記ではなく、右や左風味のふりかけをかけただけの「現状維持してほしいというホンネ」が仲良く並んでいるだけなのかもしれません。その論者が反対のための反対を述べていないか、具体的なビジョンや処方箋を提示出来ているかを、若い世代はしっかりとチェックすべきでしょう。
青少年健全育成に関して、いろいろ考えるための資料。2010.3.18
さて、東京都によれば、「文章による表現は受け手の能力を要するが、漫画やアニメは視覚的に年齢問わず、認識してしまう。小説に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」ということです。ここまで明白な言質が取れるのは2回目ですが、たいへん興味深いのは、この東京都の理屈がそっくりそのまま明治時代に存在したことです。
漢学者は、言文一致体の小説を、「若年者にも理解できてしまうから」という理由で敵視しました。「漢文による表現は受け手の能力を要するが、言文一致体は言語的に年齢問わず、認識してしまう。漢文に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」というわけですね。100年前の小説攻撃と、現代のマンガ・アニメ攻撃がまったく同じ理屈をとっているのは、非常に興味深いことです。